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hr223

それは新学期初日のこと。一人一人が教室の前に出て自己紹介スピーチをすることになりました。
私の出席番号は後ろのほう…順番を待っているうちに、だんだん緊張が高まってきます。小学生のときから、こういう順番待ちが嫌で嫌で仕方ありませんでした。いっそ最初にパッと済ませちゃって、後は人の話を聞いているだけだったらどんなに楽だろう。どうして「渡邊」なんて苗字に生まれちゃったんだろう…。
順番が近づくにつれ、心臓の鼓動が速くなってきました。昨晩一生懸命考えてきたのに、何を喋ればいいのか頭の中が真っ白です。趣味のこと?家族のこと?好きな食べ物?!思い出そうとしているうちに、みんな次々に自己紹介を終えてゆきます。どうたら、あんなにスラスラ喋ることができるんだろう…。
「それじゃ次は渡邊さん、宜しくお願いします。」
「は、はいっ!!」
先生の言葉が聞こえたとき、私は反射的に立ち上がっていました。
黒板の前に歩いてゆく私の背中に、クラス中の視線が集まっているような気がします。
(だ、大丈夫、深呼吸して、落ち着いて…)
考えとは裏腹に、自分が何をやろうとしているのか、何を喋ろうとしているのか全然わかりません。
「え、あの、渡邊恵美です…えと、音楽鑑賞と読書です。あ、趣味がそうなんですけど、弟が一人、中学生で、あ、こ、これは家族のことなんですけど…」
突然、クラスがざわつきはじめました。え、何?私、なんか変なこと言った?!わからない、自分がなに言ったるのか覚えてないよ!」
(な、何よあれ…濡れてない?)
(あの子…漏らしてんの?)
辛うじて聞こえた言葉の断片。なに?漏らすとか濡らすって?!そのときになって初めて私は、脚を伝って流れる生暖かいものに気づきました。
「え…あ、あの、これは、違うんです!これは、えーと、これはその…」
わけのわからないことを口走りながら、思わずスカートの上から股間を押さえてしまいました。でもオシッコはますます容赦なく、ぴちゃぴちゃと音を立てて教室の床に水溜りを作ってゆきます。
「わ、渡邊さん、大丈夫ですか??」
先生が椅子から半分腰を浮かせて、どうしたら良いか判らない顔をしています。
「だ、大丈夫です、大丈夫、何でも…なんでも、ありませんから…なんでも…」
なんでもない、なんでもないと口走りながら、私は床にへたりこんでしまいました。恥ずかしくて顔を上げることができません。高校生活初日に、クラス中の前でオシッコお漏らししちゃった…男子も見てたのに…もうダメだよ、私の高校生活終わったよ、明日からもう登校できないよ…。
「有村さん、井上さん、手伝って!渡邊さんを保健室に連れてゆくから!」
「は、はい!」
「大丈夫、渡邊さん?心配ないよ、何も心配ないから。」
そんな声も何処か遠くから聞こえてくるようで、私はオシッコの染みた床にへたり込んで泣きじゃくっていました…。


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